サイテーションという新しい世界
高速化で、小型JETの導入が決まりました。セスナサイテーションという双発の小型JET機です。
JET機の特性で、安定性、操縦性能に長けたとても良い機体でした。
訓練は、ウィチタ州のフライトセーフティーという訓練学校でやります。海外訓練が嬉しくてたまりませんでした。
ウィチタ空港は、アメリカの真ん中にあり、東西の都市から飛行機でみんな集まって会議をするところです。
訓練はとても紳士的でした。ロビーにドーナツとコーヒーが常に用意されています。24時間稼働のシミュレーターで訓練します。
いろいろな国から訓練を受けにきています。ロビーで教官とドーナツを片手に雑談をしています。
授業が始まる10分前には教官はすっといなくなります。授業のために教室に移動して私を待っています。
私は時間になるとコーヒーとドーナツを片手に教室に入っていきます。
民間の訓練会社なので当たり前なのでしょうが、カルチャーショックでした。
サイテーションが開いた新たな地平
サイテーションは、双発のJET機なので、飛躍的に航続距離が伸びました。
沖ノ鳥島の防波堤工事の取材が入りました。自衛隊の基地である硫黄島を拠点に沖ノ鳥島の取材をします。
羽田から硫黄島までは、距離では約1200km 約2時間くらいのフライト。硫黄島から沖ノ鳥島まで往復1400kmくらいになります。
沖ノ鳥島の取材では、取材時間を考慮すると3時間以上のフライトになり、サイテーションの航続時間ギリギリくらいです。もし、硫黄島が天気などで降りれなくなると逃げ場がありません。
硫黄島に降りて、着陸の時にびっくりしたのは、滑走路が大きくうねっていることでした。火山の影響で、島全体が隆起を繰り返しているそうです。
島の中央付近に東西の滑走路があり、全体に火山性の砂で真っ黒な感じがします。摺鉢山は、砲撃で崩れた姿。
降り立って、地面を触るとあついのです。こんな場所で地下壕に入っていたのかと思うと胸が痛くなります。異様な感じのする島でした。
そこには、自衛隊の基地があり、アメリカの海上救援部隊も利用していました。新聞社は、ここに燃料を契約していて、厚木基地に使用を申請すれば利用できるようになっていました。
そのころは私たちの機体には航法装置なんて装備されていなかったので、手計算でチャートに風と方向を作図して飛んで行きました。
私たちの機体は無事に取材できたのですが、ある社の機体は、無線航法装置を積んでいるにもかかわらず、入力を間違え、硫黄島に帰還するときに燃料がギリギリとなり、滑走路に進入する時に片方のエンジンが止まり、着陸した後残ったエンジンが止まるという事態になりました。
自衛隊の基地司令はカンカンになって怒り、「もう新聞社の許可はしない」と言っていました。
火山の迫力と恐怖
私の取材時代、大きな火山の噴火が3つありました。三宅島、大島、普賢岳です。
三宅島では、阿古地区の民家が溶岩で燃えていくのを間近で見ていました。
大島では、島全体に屏風のように噴火が広がっていました。暗い中、真っ赤な噴火が島が真っ二つに割れるのではないかというくらい線状に起きていました。
普賢岳は、溶岩ドームが膨れ上がっている様子を取材に行きました。
火山の噴火では、他社のヘリコプターの左席にソフトボール大の火山弾が飛び込み、一命を取り留めるという事故もありました。
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風下側への飛行は絶対禁止
火山の噴火では絶対に風下側を飛行してはいけないのです。
これは絶対のルールでした。
私は取材を終え帰路に着いた時、帰路が風下側になるのですが、大島からの距離もあり、高度を取っているから大丈夫だろうと羽田に向かいました。
その時、前に薄い雲が見えたのです。
なんか嫌な予感がしたのですが、「ま、いいか」と思いました。
その薄い雲の中に入ってしまったのです。
パシャと軽い音がしたのですが、エンジンも異常なく何事もなく羽田に着陸しました。
着陸してウィンドシールドを整備さんが拭こうとすると、熱く焼けた火山灰がアクリル板を溶かして、全体にめり込んでいました。ウィンドシールド全交換になってしまいました。
勝手な思い込みが生んだ1000万円
「高度取ってるから大丈夫」って、今思えば何の根拠もない。
高度が高いと温度が低いから、火山灰もただの細かな灰程度だろう。そう勝手に決めつけていたんです。
でも現実は違った。熱く焼けた火山灰がアクリル板を溶かして、全体にめり込んでいたのです。
人間って都合の良い理屈を作るのが得意なんですよね。
あの薄い雲を見た時、確かに「なんか嫌だな」って思った。でも「ま、いいか」で押し切ってしまった。
1000万円の授業料
「小野さん、1000万でしたよ」と後から言われました。
それ以来、「ま、いいか」と思った瞬間、ウィンドシールドのことを思い出します。
でも、ウィンドシールドだけで済んでよかったのです。エンジンのタービンブレードに火山灰が焼き付いてしまうとエンジン交換になってしまい、1000万どころではなかったのです。
ルールってやっぱり理由があるんですね。過去に誰かが痛い目に遭って作られたもの。
嫌な予感も、脳が何かを察知して教えてくれてるんでしょう。
でも人間って、都合の悪いことは「ま、いいか」で片付けたがる生き物なんですよね。