俺は上だぞ、というオーラ
主席になって、路線室長になって。
肩書きが少しずつ変わっていきました。
私は「自分は何も変わっていない」と思っていました。
泊まり先でも気さくに飲んで、冗談を言い合っていた副操縦士たちが、ある時期からちょっと距離を置くようになってきた。本音を言わないような、当たり障りのない会話が多くなりました。
「なぜなの?私は何も変わっていないのに」
本気でそう思っていました。
変わっていないと思っていた、その意識が変わっていた
組合と会社という構造があるから、みんな会社側の人間として見るのだろう。最初はそう思っていました。
でも、今振り返ると、それだけではなかったような気もしています。
心のどこかに、ほんの少し——「人より上になった」「教える立場になった」「束ねる役割を担った」という自負が生まれていたのかもしれない。
その時はまったく気づいていなかったけれど、俺は上だぞというオーラが、知らず知らずのうちに出ていたのではないかと、今でも時々思います。
JAL統合後のミーティングで
JALとの統合後、767という機種から移行してきたパイロットたちが加わりました。
その機種のグループミーティングに、安全委員長という立場で出席したとき、私が発言しようとすると、そのうちの一人が言い放ちました。
「お前は誰だ。俺は知らない」
びっくりしました。
俺は上の会社から来た人間だ。お前らみたいな小さな機体に乗る人間とは違う——そういう空気が、ありありと伝わってきました。
腹が立つというより、呆れ返ってしまいました。
慕われていた主席がやっていたこと
一方で、副操縦士たちに自然と慕われている主席もいました。
飛行後のブリーフィングで、うまくいかなかった場面があると、その主席はこう聞くのです。
「マニュアルにはどうなってたっけ?」
同じ言葉でも、心の持ち方でまったく違うのだと思います。
「お前、わかってるのか?」という気持ちで聞けば、副操縦士は試されていると感じます。
でもその主席は、「俺の理解で合っていたかな、もう一回確認しよう」という気持ちで聞いていた。自分のこととして、一緒に開いていく。
答えは知っているはずです。当然です。でも断定しない。なぜできなかったのかを責めるのではなく、何が見えていなかったのかを一緒に探っていく。
私がやっていたのは、正しいことを言っているつもりの指示でした。
ものを言える場所
距離を置かれて、当たり障りのない会話が増えていく。
運航に支障が出るわけではありません。フライトは粛々と続きます。
でも、何かが少しずつ失われていくような感じがしていました。
ちょっとした違和感を口にできる空気。「あれ、おかしくないですか」と言える関係。そういうものが、静かに薄れていく。
最近、「ティール組織」という考え方が注目されています。上下関係ではなく、一人ひとりが主体的に動く組織のあり方だそうです。
難しい話はよくわかりません。
ただ、あの主席の「マニュアルにはどうなってたっけ?」という一言は、今でも頭に残っています。
それだけのことが、なかなかできなかったのです。



