自信の正体
「飛行機は腕じゃない」
自信が持てなかった訓練
タッチアンドゴーという訓練があります。
離陸したらすぐに旋回して、滑走路と逆向きに平行飛行。もう一度滑走路に向かって旋回して、着陸する。上から見ると、滑走路を一辺にした長方形のコースを、ひたすら周回している形になります。
着陸のときは、滑走路の中心線に機体の中心をぴたりと合わせなくてはいけません。長方形の最後の一辺を、滑走路の延長線上にきれいに乗せていく——旋回しながら、自分の機体が今どこにいて、このまま降りていったらどこに接地するのか、それをイメージしながらバンクを調整していく。文字にすると一行ですが、これがなかなか難しい。
私は、これがどうにも自信を持てませんでした。
陸上の空港なら、地形や建物が目印になって、なんとかなります。けれど海上空港になると、頼れるのは滑走路の見え方だけ。航空大学校の頃から、ずっと探り探りやっていました。路線で旅客機に乗るようになっても、その感覚は消えませんでした。
何度繰り返しても、自信はつかなかったんです。
鹿児島の居酒屋で
ある時、ダブルキャプテンで飛ぶことがありました。
羽田—長崎を往復して、その日は鹿児島泊。フライトを終えて、宿泊先近くの小さな居酒屋に二人で入りました。
少し変わった機長で、ウィンドサーフィンをやっている方でした。私も同じ趣味だったので、最初はずっとそっちの話で盛り上がっていました。風が吹くと仕事を休んでしまう、と笑いながら話す方で、会社のスケジュール担当の間ではちょっと有名だったらしい。理論派の操縦と、風で休む奔放さが、一人の中に同居している。なんだか不思議な人だなあ、と思いながら聞いていました。
操縦はピカイチと評判の腕でした。
お酒も少し入って、話の流れで、ずっと聞きたかったことを聞いてみました。
その日も着陸が、本当に見事だったのです。横風があっても、狂いなく一発で滑走路の延長線上に機体を乗せてくる。バンクの入れ方も抜き方も、まるで決まった手順をなぞっているように落ち着いていました。
「なぜ、あんなに綺麗に飛べるんですか?」
機長は、お猪口を置いてこう言いました。
「計算だよ。飛行機は腕じゃない、理論で飛行しているの。速度による旋回半径の変化、風の影響、全部計算できる。その計算は一度しておけばいいのに、誰もやっていない。計算しておけば、自分の基準点ができる。そこからのズレで判断できるから、次に活かせる。それを、誰もやらないんだよ」
正直、頭をガツンとやられた感覚でした。
「だいたい」が「ここだ」に変わる
旋回半径は、速度のおおよそ二乗に比例して大きくなります。バンクを深く取れば小さくなる。そこに風が加わると、対地での軌跡はさらに変わってくる。飛行機の挙動はすべて、数字で出せるのです。
それを、私はずっと感覚で合わせようとしていました。「だいたいこのへん」「なんとなくこのタイミング」——その「なんとなく」を、何度繰り返しても精度は上がりませんでした。当たり前です。基準がないんですから、ズレようがないし、直しようもない。
その夜から、徹底的に計算をしました。
速度ごとの旋回半径、風が吹いたときの流され方、バンクをいつ入れて、いつ抜くか。秒単位で操縦の手順を組み立てていきました。
不思議なもので、やっていくうちに、旋回を入れるタイミングがぼんやりしなくなっていきました。「だいたいこのへん」が「ここだ」に変わっていったんです。
自信って、こういうものかもしれない
多分、これが自信の正体だったのかもしれません。
「自信がある」というのは、根拠もなく胸を張れることでも、何度も成功した記憶でもなくて——自分の行動の根拠が、自分の中にちゃんとある状態のことなんじゃないか。そう思うようになりました。
根拠がないまま動いていると、うまくいっても次につながらない。失敗しても、何が原因かわからない。だから何度繰り返しても、自信は積み上がらない。人から評価されようと、心のどこかにポツンと何かが残ったままになる。
逆に、根拠を一度きちんと作ってしまうと、そこからのズレで世界が見えるようになる。うまくいったらなぜうまくいったか、外したらどこで外したかが、自分でわかる。これが、次の判断につながっていく。
一度きりの夜
あの機長は、操縦は徹底的に計算で詰めて、休みは風まかせで決めていました。一見ちぐはぐに見えるけれど、今になって思うと、彼は自分の判断の根拠が自分の中にある人だったんですよね。だから操縦も、生き方も、迷いがなかった。
そのキャプテンとは、この時の一度しかお会いしていません。それから話すこともありませんでした。しかし、あの夜の話は今でも強烈に覚えています。
ただ頑張って、一生懸命にやっても、意味がないような気がします。
うまくいっていないときは、どこかに本質的な問題が潜んでいるような気がします。




素敵な記事です。色々と腑に落ちるところがあり、参考になりました!