壊れるExcelを、律儀に直している
また、フォームが崩れている
古いバージョンで作られたExcelのフォームを、今日も直していました。
自動保存に対応していないので、こまめに手で保存する。罫線がずれる。結合したセルが、別のパソコンで開くと微妙にずれている。一つ直すと、隣がずれる。半日かけて、誰に見せても崩れないように整えていく。
正直に言うと、こんなものは早く亡くなってしまえばいいのに、と思っています。
「今、使っているExcelのフォームにしてほしい」
見積書も、台帳も、工程表も、たくさんがExcelで作られています。本来は計算のための道具なのに、誰もそれを疑わない。「とりあえずExcelで」と、何十年も使われてきた様式が、そのまま次の人へ渡っていく。
今は、古いバージョンと、サブスクの新しいバージョンとの過渡期で、崩れて困っているのは、たぶん私だけではないはずです。それでも、なくならない。「みんなExcelだから」——その一言が、「で、それって本当にこのままでいいの?」という問いを、入り口で閉じてしまう。
苛立っていたのは、崩れること自体ではなかったのかもしれません。言葉ひとつで、問いが終わってしまうこと。そのほうだった気がします。
そして、その感覚には、もっと古い記憶がつながっていました。
唱和する会社
ふたつの航空会社が、ひとつになった時期があります。
私がいたのは、国内線を飛ぶ側でした。その頃、私たちはミーティングのたびに、安全行動規範をみんなで声に出して唱えていました。大切にしていることを、ことあるごとに、口に出して確かめる。そういう習慣が、現場にありました。ザ・昭和の会社、という感じです。
そこへ、大型機を飛ばしてきた機長が移ってきました。長い距離を、世界を相手に飛んできた人です。
その人は、私たちの唱和を見て言いました。「世界で、そんなものをやっている会社はない」「そんなもので、安全が保てるわけがないだろう」と。
みんな、内心うなずいていた
正直に言えば、確かにそうだよな、とその場のみんなが内心うなずいていたと思います。お題目を唱えたところで、それ自体が安全を作るわけではない。理屈としては、向こうのほうがずっと筋が通っていました。
それでも私は、こう返していました。「大切にしていることを、いつもリマインドしておくのは、意味があると思いますよ」と。
今になって思うと、あのとき私は、自分の言葉に理由を持っていませんでした。
十分のフライトと、十二時間のフライト
なぜ価値観がここまで違ったのか。それは、たぶん飛び方そのものから来ていました。
今はもうない路線ですが、札幌から函館、伊丹から徳島。フライトタイムが十分ほどしかない便がありました。離陸したと思えば、もう降りる準備に入る。その短い時間の中で、どうやって安全を担保するか。
そこで徹底されていたのは、「急がずに、速くやる」という作法でした。焦れば崩れる。けれど遅ければ回らない。急ぐのではなく、速い。この二つはまるで違う、と現場は体で知っていました。
一方、相手が飛んできたのは、十二時間の世界です。ほとんど徹夜のような長い飛行の果てに、月に一度か二度の着陸に、すべてを賭ける。
どちらも、本物の安全です。ただ、お互いに、相手のやり方は、理屈では分かっても、体には入ってきていません。
理由は、ずっとあとから追いついてきた
あの言葉に理由がついたのは、ずいぶんあとのことでした。
脳の仕組みや、人がどう学ぶのかを学ぶようになって、ようやく言葉になってきた気がします。人の脳は、意識を向けたものしか受け取らない。
私たちは、無意識に立ち上がっています。でも、そのとき筋肉をどう使っているかは、わかっていない。そこに意識を向けたとき、はじめて、自分がどう動いているのかが見えてくる。
いつもの階段を、駆け上がる。では、今の階段は何段あったでしょうか。意識を向け直して、数えない限り、知りようがないのです。
逆に言えば、意識を一度でもそこへ向けることには、それだけで意味がある。唱和は、答えではなく、意識をそこへ向けるための、ささやかな仕掛けだったのかもしれません。古くさいと思っていたあの習慣は、ひょっとすると、いちばん素朴な形で、それをやっていたのかもしれない。
あのとき私は、それを知らないまま、「意味があると思いますよ」と言っていました。証明できるから言ったのではなく、体が「なんか、わからないけど、それは違う」と感じたからかもしれません。
また、フォームを直しながら
今日もExcelのフォームを直しながら、ふと、あの会議のときのムカっとを思い出します。
「みんなExcelだから」と「世界では、そんなことはやっていない」は、私の中で、どこか同じ顔をしています。
どちらも、そう言われた瞬間に、問いを終わらせてしまう言葉です。そして、そう言われた側は、たいてい、すぐには理由を返せない。
体が「何か違う」と感じても、それが言葉になるのは、ずっとあとになってからです。
その時間差の中で、たいていの違和感は、飲み込まれて消く感じがします。




ExcelはClaude Code(cowork)で直せないのですか?